庚申信仰の講中の人々が建てた供養塔
庚 申 塔
~江戸時代に建立~
もともと中国の道教の教えからはじまったもので、
「庚申の夜、人が寝ている間に、体の中に住んでいるさんしという虫が昇天して、
人の犯した罪を上帝に告げるので人間は林にするといわれた。
そこで長生きを願うならば、さんしに昇天の機会を与えないように
庚申の夜寝ないでいようというのが守庚申の祭りである」と言われています。
日本では辺安時代から始められたといわれており、その頃は宮中や貴族の間で行われ、
歌合わせやすごろくなどに興じ一夜を楽しく過ごしていました。
室町時代になると民間でも行われるようになり、方法も仏教的なものに変わりました。
こちらの地方には庚申供養塔が多く安長年間(1772~1870)代に信仰が盛んで4基、
その後も多年の間に十数基造立されています。
これらの塔には、「庚申」と文字で刻まれているものと、
庚申の本尊とされていた「青面金剛」像が刻まれているものがあります。
この地方では像を刻んだものが多くあります。
名称 | 庚申塔 |
所在地 | 埼玉県飯能市征矢町29 |
連絡先 | 電話:無 |
あると嬉しい! |
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