毘沙門天 浄心寺
沿 革
当山は明応~文亀年間(1500年頃)の
草創といわれ、本尊に阿弥陀三尊を安置している。
当初は瑞林院と号したともいわれる。
開山の聚栄常和尚は永正8年(1511年)に示寂。
のち慶長12年(1607年)市内飯能の
本寺能仁寺五世吉州伊朽豚和尚を
中興開山として再興され、現住まで十七世に至る。
開基は当地の土豪岩沢氏、瑞林院殿月叟浄心居士
(没年不明)で現寺号はこれによっている。
現在も壇中に子孫が続き、定紋の違い鷹の羽を寺紋の一つとしている。
六世梁観禅棟和尚は若年江戸駒込吉祥寺に遊学し、学業成就を寺中の毘沙門天に祈願、見事主席となった。帰郷後報恩の為に附近の堤家より伝来の毘沙門天像を譲り受け安置した。以来学業成就、商売繁昌の信仰が高まり明治初年より 1月7日の大祭は信徒数万人が群集し、だるま市が開かれるようになった。霊場本尊の十一面観世音は附近の本明院の本尊であったが廃寺となった為当山へ移されたもの。身代り観音といわれ災難除けの信仰がある。当寺は武蔵野七福神、高麗坂東九番、奥多摩新四国十番霊場でもある。
名称 | 毘沙門天 浄心寺 |
所在地 | 埼玉県飯能市大字矢颪222 |
連絡先 | 電話:042-972-3937 |
最寄駅 | 西武池袋線「飯能」駅 南口から徒歩約10分 |
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