奥武蔵まごころリレーインタビュー 第5回
創業は弘化元年( 1844 年) 。随分と歴史がありますね。
私で6代目ですね。もとは新潟の潟町で酒造の技を習得した初代が、江戸に近く、気候や地形などの風土が 酒の醸造に適し、良質な水がある地を求めて、この日高に辿り着いたそうです。
それから今日まで160年以上にわたって地酒を造り続けてきました。
昔は他にも酒蔵があったのですが、今ではここが地元で唯一の酒蔵です。
現在は「高麗王」「君が旗」「かわせみの里」の銘柄を中心に50種類ほど、季節に合わせた地酒を造っています。
大きな酒蔵ではないので、日高市外にはあまり流通していませんが、嬉しいことにどこからか評判を聞きつけて、 この蔵に直接お求めにこられる方が、年間1万人ほどいらっしゃいます。
リピートしてくださるお客様も多いですよ。
こちらとしては飲んだ感想や要望をお客様から直接聞くことができて、大変参考になりますね。
子供の頃と比べて、この辺りは変わりましたか?
何より人が増えましたよね。日高町から日高市になって、今では人口が5万5千人ですよ。
それに伴って農地や河川が整備されて便利になったのですが、ある意味で自然が破壊されたかな。
昔は高麗川で泳いだりしていたけど、工事で水位が低くなったり、水が汚くなって今では泳げないしね。
近所の山にカブト虫はもちろんのこと、ミミズクも捕りに行きましたよ(笑)。
冬は稲刈りが終わった田んぼで野球やサッカーを暗くなるまでやっていましたね。
今の子供たちは自然を相手に遊ぶより、テレビやゲーム機が相手にする方が多いでしょ。
そのうえ学校以外に、習い事や塾まで通って大変ですよね
地域の活性化のために毎年コンサートを開いていらっしゃるそうですね。
今年で「酒蔵コンサート」は22年目です(10月13日に実施)。酒蔵を利用して地域の人々に喜んでもらえる、 面白いイベントはできないかと考えて始めました。
最初は日本フィルハーモーニーの奏者の方にも参加してもらってクラシックコンサートとしてスタートしたのですが、 20年目からクラシックとジャズのコンサートを交互に行うことにしました。
今年はジャズの番ですね。
酒蔵は程よく音が反響して心地良いですよ。当日は飲み物とおつまみもご用意しますので、さらに心地良くなれます(笑)。
「神社(じんじゃ)エール」という地サイダーが話題になっていますね
良くご存知ですね。2016年にこの近くの「高麗神社(高麗郡建部)」が1,300年を迎えるのですが、 その記念事業を盛り上げ、一人でも多くの方にアピールし、地域を活性化させる目的で発売しました。
まさに”神社(じんじゃ)”にエール(応援)を送る飲み物ですよ(笑)。だから、“じんじゃ”といっても“生姜(ジンジャー)”は入っていません。
テレビなどで取り上げられたこともあり、お陰様で予想をはるかに超えた売れ行きです。
最後に、今後この地域で大切にしていきたいもの何ですか?
山や川などの自然はもちろんですが、まだこの地域には残っている“となり組”を大切にしたいですね。
東日本大震災でもわかったように、何かあった時にはその地域の人々が団結して助け合うことが不可欠です。 そのためには日頃からコミュニケーションを取りあっていなければなりません。
私たちが造っている地酒というのは、そのコミュニケーションを図るための良い道具だと思っています。
地域の人々に愛され、人と人との潤滑油となり、飲んで楽しくなるお酒こそが良い地酒です。 また、昔ながらの造り方にも拘りたい。
私は酒造りという“稼業”を継いだのではなく、酒造りという“文化”を継いだと考えていますから。
初代が辿り着いたこの地域の風土や水を守り、この酒蔵で伝統ある酒造りを“地域文化”の一つとして 次の世代に伝承していくことが、私が果たさなければならない役目ですよ。
だから、地域の保護や活性化にも自然と力が入るのでしょうね。
そろそろ「ひだか巾着田」の曼珠沙華が見ごろを迎えます。 そのお帰りには、ぜひ当酒蔵にお立ち寄りください(笑)。
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